とおたんの詩のページです。


by toyatoyapoetry
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未来

過ぎし日の涙は明日の笑顔のためにある
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# by toyatoyapoetry | 2011-03-22 15:51
福島原発1号機が骨だきになってます。
c0018393_20474894.jpg

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# by toyatoyapoetry | 2011-03-12 20:47

未来

過ぎし日の苦悩は輝かしい明日の未来のためにある
過ぎし日の別れは輝かしい明日の出会いのためにある
前を向いて今までの苦悩は輝かしい明日の未来への礎そう信じて
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# by toyatoyapoetry | 2011-03-07 23:40

スピリチュアルケア

最近運命的な本に出会いました。

  実践スピリチュアルケア—病む人の心に寄り添うために [単行本]
リチャード・F. グローヴス
リチャード・F. グローヴス (著)
春秋社 
2940円
チャプランで終末期に関わってきた著者によるインスピレーショナルな本
とにかく読んでみて! amazon.co.jpで購入できます♪

音楽療法なども書かれていて、この分野での様々な関わりの位置づけが理解できます。
もし、この分野で活躍したいと思うなら、絶対に損はないと思います。
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# by toyatoyapoetry | 2011-02-12 19:20
思いが形を作る 心が世界を作る

思いのない形はなく 心のない世界はない

思いは霊 霊は思い

そして一切の思いを遠く離れたところに仏様はいらっしゃる

そしてその仏様はあなたの心の中にもいらっしゃる

そうあなたの心の中心に仏様はしっかりといらっしゃる

その仏様が沢山の思い(霊)を救済している

そんな姿を想像してみてください

見えますか

感じますか

この言葉があなたのヒントになりますように
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# by toyatoyapoetry | 2011-01-17 05:24
他人に対してしていることは、実は自分に対してそうしているのだ。他人に対してしてあげたいと思うことは、まず自分に対してしなさい。
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# by toyatoyapoetry | 2011-01-09 03:09
Spring

Putting on airs
Cool winds
Passing hands over my neck
Spring comes
Slowly
But
Running
The cherry blossom
Blooming crazily
At a time
And soon
Scattering

My love to you
Blooms over
Like
The cherry blossom
Now
Scatters
In the Spring winds

I might come across you
In some day
In somewhere

Just like
The season
Comes around
Some day
Somewhere


つんとするような
冷たい風が
僕の首をなでていく中
春は
ゆっくりと
そして
駆け足のように
やってきた
桜の花は
いっせいに
咲き乱れ
急ぐように
散っていく
君への思いは
僕の中で
あの
桜のように
花開いたけれども
今は
あの春の風の中に
散っていた
どこかにきっと
また君を
見つけるかもしれない
あの桜が
また咲くように
季節が
めぐって
また
出会えるように
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# by toyatoyapoetry | 2011-01-09 03:05
Spring

Putting on airs
Cool winds
Passing hands over my neck
Spring comes
Slowly
But
Running
The cherry blossom
Blooming crazily
At a time
And soon
Scattering

My love to you
Blooms over
Like
The cherry blossom
Now
Scatters
In the Spring winds

I might come across you
In some day
In somewhere

Just like
The season
Comes around
Some day
Somewhere


つんとするような
冷たい風が
僕の首をなでていく中
春は
ゆっくりと
そして
駆け足のように
やってきた
桜の花は
いっせいに
咲き乱れ
急ぐように
散っていく
君への思いは
僕の中で
あの
桜のように
花開いたけれども
今は
あの春の風の中に
散っていた
どこかにきっと
また君を
見つけるかもしれない
あの桜が
また咲くように
季節が
めぐって
また
出会えるように
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# by toyatoyapoetry | 2011-01-09 03:05
安楽とは、心がいかんなく活動している状態をいう
苦痛とは、心の制限をいう
仏教の「生老病死」は苦痛であるとは、人間はこれらによって心の制限を受けるということである。これは、これらに捉われるゆえに本質を見抜けない人間の心を表したものである。
これに対して、これらの制限からの開放を、生命の安楽と表現する。「死してなお安楽なり」を無余涅槃という。
我々の生命の本質は心であり、生老病死は人間の生命(心)の本質ではないことを悟ることを、解脱という。
そして心の本質こそ、仏である。Buddhaは人間の心の本質がいかんなく世界に表現されたときにあらわされる状態を言う。
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# by toyatoyapoetry | 2010-12-10 18:08

Truth

Love your neighbors as God loves you. Give the gift to your neighbors as God gives you.
God is Life. And Life is Eternal.
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# by toyatoyapoetry | 2010-12-01 08:57

心が世界を作る 思いが形を作る
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# by toyatoyapoetry | 2010-11-19 04:12
般若理趣経 第一章 清浄世界の大楽

 理趣経の真髄は清穢の分別を超え、すべては清浄にして、真理の光を見るにある。今この「一切法清浄の教え」を十七清浄の法門に約して説き示そう。
 人は愛欲に縛られ、その絆の故に、欲望の矢に心は射抜かれ、肉欲に耽けり、愛憎の鎖に繋がれ、支配欲を増していく。これ等の生き方は求道の妨げとなり、清純な魂は世間の心に消される故に、いまわしいものと退けられよう。しかし「一切法清浄の教え」を体したならば、これはすべて清らかで菩薩の心を示したものなのだ。
 何故ならば、浄穢に分けて観ていくのは世界の真実の姿を見てはいないからだ。愛欲を離れて人間の生は成り立たない。穢らわしいと見られる愛の抱擁も、これがなければ教化救済の偉大な力は湧いてこないのだ。欲望の矢は真理を求める強い働きとなり、肉体の触れ合いは清らかな心の交わりとなり、愛欲の心は求めて止まぬ求道の心となり、やがて確信に満ちた行いとなっていくからだ。
 欲望の心をもって見る世界、快楽に溺れる生き方、貪欲渇望の心、自己を正しいとして生きる生き方、それ等はみな真実の人間の心を滅亡の淵に沈めるものといわれよう。しかし、これらの心を離れて人は生きることはできないのだ。「一切法清浄の教え」を体すれば、これらの心はすべて清らかで、菩薩の心を示したものなのだ。
 何故ならば、欲望の心があればこそ、人はあらゆる苦難を乗り越え、真理の世界を求めていくことができるからだ。そして真理の世界に浸り、渇望の心をもって探求し、偉大な人間を形成していくことができるからだ。
 自己を美しく飾りたて、快楽の世界に心を潤わせ、希望をいだき、肉欲を満たしていくことは、修道の妨げと退けられよう。しかしこれらの心を捨て去って心豊かな人間性を育むことはできないのだ。「一切法清浄の教え」を体すれば、これらの心はすべて清らかで、菩薩の徳を示したものなのだ。
 何故ならば、これらの自己充足の心がなかったならば、真理をもって世界を荘厳し、偉大な法城を建設していく向上進歩の力を失い、無限の徳を具えたビルシャナ如来の人格は創造することはできないからだ。
 眼に見る世界、耳に聞く世界、鼻に嗅ぐ世界、舌に味わう世界、これら色声香味の感覚より生ずる世界は、事物の仮象を見るに過ぎないと軽く扱われ、否定もされよう。しかし、これらの世界を離れては真実世界の門を入ることはできないのだ。「一切法清浄の教え」を体すれば、これらの世界はすべて清らかで、菩薩の心を示したものなのだ。
 何故ならば、智慧の眼を備えたものは仮象の中にありながら、ありのままの真実世界を証見することができるからなのだ。
自己を滅ぼす迷いの世界、仏陀の世界に引き入れる悟りの世界。人はこの異なった二つの世界があるとして、迷いの世界を切り払い、悟りの世界を求めようとする。しかし世界は本来清浄一如のもので、浄穢の別はあり得ないのだ。この真理を体得するときに、般若波羅蜜は自らのものとなって、清浄世界は開かれよう。
 金剛手よ、若しこの清浄世界を見開く般若の教えを体することができたなら、発心から悟りの完成に至る修行の間に、自己の心を動揺させる様々な障害や、愛欲より起こる煩いや、知識より生ずる偏見や、自己の行為より生ずる様々な悩みなどが積み重なって心を迷わすことがあっても、決して地獄などの闇の世界に引き込まれることはない。またたとえ重罪を犯してしまっても、それを消滅していくことは困難なことではない。若し様々な迷いが沸き起こってきても、この『般若理趣経』をよく受持し、日々に読誦して、その精神を心に体し、思惟していくならば、現生に、「聖俗迷悟一如」と観る金剛の究極の真髄、『清浄大楽』を証得することができるだろう。
 そこに正に現実の生活の中に、真実の生き方を知り、自在を得て愛と喜びを味わい、苦悩の人生の中に輝かしい光を得、如来として生かされ、英智の実践主体として力強く生き抜くことができるのだ。
 時に世尊大ビルシャナ如来は、この真理の教えを実現していくために自ら金剛手菩薩の姿となって、その実践の道を教え示された。この金剛手菩薩こそは、一切如来の心、そして大乗仏教の真髄である金剛界大マンダラの世界を体得させ、英智をもって根本煩悩と対決させ、清浄心をもって煩悩をコントロールさせ、永遠に滅びることのない人格の宝を与えていく偉大な力を身に備えておられるのだ。この偉大な力があればこそ、すべての人に清浄な大楽の世界を育て与えることができるのだ。
 金剛手菩薩は大悲救済の心を胸に秘め、確固不動の生き方を教え示すとともに、大菩提心を振い起こし、いかなる困難も、大勇猛心をもって克服していく大楽金剛不空三昧耶の道を教え示された。
 吽(フーン)、あらゆる絆よ、せまい心よ打ち砕けよ、清浄にして真実の世界、大安楽よ、我を不滅の世界に生かせよ。
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# by toyatoyapoetry | 2010-08-03 14:08
般若波羅蜜多理趣品

私は永遠の喜びを体得し、金剛の世界の真髄に目覚めた時、『般若理趣経』の尊い教えをこのように聞いた。『理趣経』をお説きになられた遍照の徳ある大ビルシャナ如来は、「金剛の智恵を備えられ、すべての人を教化して菩提心を発こさせて真実の世界を創造し給い、また広大な真理の世界を開く智恵の宝冠を得られ、闇黒に沈む人々に秘められた宝性を顕わにして光を与え、人生の指針を心に包み給い、また大空一如の恵眼をもって世界の真実を見抜き、すべての人の差別対立の心を平等大悲の心に包み給い、そしてあらゆる教化の働きに専念せられて、すべての人の行動を如来の働きに導き給う。しかもこれ等の聖業をもってあらゆる人々の願望を悉く円満成就され、未来永劫に至るまで、常に身口意の全行動は利他救済の聖い働きとなってそのみわざを推し進めていかれる」そのようなお方である。
 この遍照の徳を備えられた大ビルシャナ如来は、欲界の頂上にある他化自在天の宮殿で「真理の教え」をお説きになっている。他化自在天の宮は一見、業火の火焔が燃えさかり、人間疎外の激流に押し流され、猛り狂う心は怒涛逆巻く嵐の中の海のようではあるが、大ビルシャナ如来の説法は真理の栄光に輝き、火焔は清らかな智恵の五色の光と変じ、怒号に満ちた闘争の嵐は善美と優雅な鈴鐸の音となり、いつしか人々は清浄な珠玉となり、そこに互いに清い光を反映させて、あたかも荘厳な交響曲が響くように、心は触れ合い調和して、涼風がすべてを包んでいるかのようであった。
 ここに集う人たちは八十億ともいわれる無数の真理を求める人たちで、とりわけ人目についてのは八大菩薩と呼ばれる人たちだ。それは金剛の智に目覚め、強い意志をもって己れにうち克ち永遠の若い生命に生きる金剛手。すべてを清らかな心で包もうとする観自在。豊かな心をもって無限の宝を見出す虚空蔵。真実世界を建設していく金剛拳。理性の限界を知って物ごとの真相を見抜いていく文殊師利。常に悟りの世界への転入を願う転法輪。敬虔と感謝の生活に心を豊かにしていく虚空庫。あくまで迷いの心と対決して真実を貫いていく摧一切魔と呼ばれる人たちであった。
 大ビルシャナ如来はこのような理趣経の真理をよく体解することのできる人たちに恭敬され、囲繞されて法をお説きになっておられる。その説法は何れの時、何れの処にあっても、常に人々の心の奥底に真理の妙音を響かせ、すべての人を遍照の世界、清浄の世界へと誘うのである。
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# by toyatoyapoetry | 2010-07-24 19:06

良き指導者とは

良き指導者とは、若きものたちに経験をさせ、良き判断に到るようにヒントを与え続けること。
個々のケースについて方針を良く発言させ議論し、決定すること。
部下の責任は、必ずかわって引き受けること。
これが大事である。
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# by toyatoyapoetry | 2010-07-17 23:48

発見

発見のある生活こそ最高の生活である
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# by toyatoyapoetry | 2010-07-17 21:22

如来

如来に帰依するというのは生命の根源、原初に立ち返るということだ
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# by toyatoyapoetry | 2010-07-17 21:22

真如

真如とは生命の根源の本質である
真如が世界に映し出されて世界に様々な生命が現れては消える
生老病死の中で映し出される生命の幻影はさまざまに繁栄しやがて世界の波間に消えていく
生老病死は映し出された幻影の刹那な相であるが
真実を見ればそこには常住の大生命が映し出された幻影であり
そこから見れば生老病死は生命の仮の姿であることが理解されるのだ
この立場から見れば私たちは
生ずる中に敬虔と感謝を病む中にも敬虔と感謝を老いる中にも敬虔と感謝を死ぬ中にも敬虔と感謝を
捧げていくべきであるということが理解されるのだ
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# by toyatoyapoetry | 2010-07-17 21:21

無余涅槃

死における生命の大安楽を無余涅槃という
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# by toyatoyapoetry | 2010-07-17 21:16
型にはまらない!先入観にとらわれるな!

とても大切なことである。
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# by toyatoyapoetry | 2010-07-16 20:26

医療と涅槃

医療における緩和ケア的アプローチの醍醐味は、死における生命の安楽である。これを涅槃という。
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# by toyatoyapoetry | 2010-07-16 20:23

生命と医療

今までの医学でなされてきた治療は生命の延長を最終的な目的とする
緩和的医療における治療は生命の安楽を最終的な目的とする。
我々医療者は、この二つのアプローチを縦横無尽に展開し、
患者生命に対して、最上の医療を提供することが望まれるのだ。
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# by toyatoyapoetry | 2010-07-16 20:19

真実の心

自己完結する心は傲慢不遜な心である。
常に世界と交わって未知なる世界をまなんでいく心は
これこそ謙虚な心と呼ぶ。
自分は一つでは世界を完結せず
常に世界と交わることで、真実の心へと成長していくのだ
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# by toyatoyapoetry | 2010-07-16 20:16

人生の場所

その場所を終着駅と思っているような生き方は必ず行き詰る
常にその場所を自己を研鑽し次なるステップのジャンプ台と思い
野心と希望に燃え、努力する生き方は
人々に活力を与え大いなる世界を築いていく!
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# by toyatoyapoetry | 2010-07-16 20:13

私の大願 「目指せブッダ!」
今の夢 真言密教の真髄を極めたい
坊主になって理趣経を世界に広める
例えばこんな妄想。

 月曜から土曜日 在宅往診を行なう
 日曜日 教会の日曜学校のように、講和を行なう

今の夢は、坊主兼小児在宅緩和ケア医

と妄想が広がっています。
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# by toyatoyapoetry | 2010-07-16 20:09

宗教は心の塾である

宗教は心の塾である。
人生はちょうど、普通学級に通うこどものようである。
基礎的なものは、ここでいくらでも学べる。
でも、時にまなべないことがある。
時にさらにまなびたいときがある。
こんなとき人は塾に通う。
宗教は人生において心の塾のようなものなのだ。
そして、どんな塾でも始まりと終わりがある。
まなぶべきことをまなんだら、次なる人生へ出発するのだ。
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# by toyatoyapoetry | 2010-07-16 20:01

真如苑を卒業します

いろいろ考えたすえ、真如苑を卒業します。
私の結論は、真如苑では涅槃は得られないということです。
幸せには真如苑の今の教義だけではならないということです。
私の13年間の結論です。
これまで、沢山の血のにじむような努力と忍耐を貫いてきました。
でも、これだけでは永遠に涅槃には達しないと悟りました。
私に大切な出会いが今ありました。
金剛般若経と般若理趣経との出逢いです。
これが私の世界を完全に変えました。
般若の教えにいきることを私は決意しました。
私は真言密教をこれからまなぶことを願っています。
なぜなら、般若理趣経を中心に置いているのは真言密教だからです。
私はこの2つの経典こそ最高の経典と思います。
これからはこの経典を帰依所として人生を生きていこうと思います。
今までたくさんの方たちありがとう。
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# by toyatoyapoetry | 2010-07-16 19:54

人生の主役

誰でも自分の人生の主役を誰かに受け渡すことはできない
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# by toyatoyapoetry | 2010-07-02 19:02

全体主義

人間には自分の人生をなげだしたい誰かにゆだねたいという陰(かげ)の欲望がある
これは全体主義の素地となるもので宗教はこれを引き出す力がある
宗教はあくまで尊い人間の自由意志と尊厳を守る擁護者、サポーターであり、主であってはならないのだ
宗教が主となったときそこには全体主義の暗闇が忍びこむ
確固とした自分がなければ宗教はやってはいかんと思うのだ
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# by toyatoyapoetry | 2010-07-02 19:02

智恵はらみつ

形を伝えるのでなく
心を伝えなさい
真心を伝えるのが
智恵はらみつなんだよ
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# by toyatoyapoetry | 2010-07-02 18:59

真如苑を省みる

個人の幸せを原点に始まった教えが
個人の幸せを考えずに教えだけが飾られたもちのように
広がってしまった
接心に頼りすぎて判断ができない人間を育てていないか
接心に頼りすぎるばかりに
かえってとらわれを作っていないか
良く考える必要がある
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# by toyatoyapoetry | 2010-07-02 18:56